気候変動と私たちの健康

気候変動による健康への悪影響が心配されています。温暖化で熱中症が増えているほか、生態系が変化して感染症などの増加を招いています。

世界各国の医学誌220誌以上が2021年10月に発表した共同論説によると、65歳以上の人の暑熱に関連する死亡率は、過去20年間で1.5倍以上増えました。脱水症状や腎機能低下、皮膚がんのほか、感染症、精神疾患、心臓や肺の病気、アレルギーなど様々な病気が増加しています。

<気候変動による健康への悪影響の例>
・熱中症
・感染症
・脱水症状や腎機能の低下
・妊娠時の合併症(妊娠中に高温にさらされると、出生時の体重が少なく合併症のリスクの大きい「低出生体重児」が多くなるとする研究報告が出ています)
・アレルギー
・循環器疾患などの患者
・皮膚の病気

■熱中症
日本でも熱中症の死者は増加傾向にあります。環境省などによると、1990年代後半には多くても600人以下でしたが、2022年までの5年間の平均は1295人。年間1000人を上回っています。

熱中症の救急搬送者数も増加傾向にあり、2022年5月から9月の全国の熱中症救急搬送人員は7万1029人でした。

温暖化の進行によって今後、真夏日の日数などが増加するとともに、熱中症を発症する人の数も増えるとみられています。特に北海道、東北、関東などで発生率が増加すると予測されています。

WHOによると、1998~2017年に世界中で熱波によって命を落とした人は16万6000人に上ります。また、欧州医療研究機関の研究者の調査では、2022年夏の記録的な暑さで域内の死者数が6万人を超えた可能性があるといいます。

米疾病対策センター(CDC)は熱中症について、「熱中症は温暖化による異常な高温によって引き起こされる健康被害の中で最も深刻なものだ」と指摘しています。とくに子どもや高齢者、基礎疾患のある人、貧困層が大きなリスクにさらされると見られています。

●対策
環境省の「熱中症環境保健マニュアル」は、対策のポイントとして、家での冷房の積極的な利用や冷房を備えた施設への避難を呼びかけています。クールビズで呼びかけている28℃は、エアコンの設定温度ではなく室温ですので、室温が28℃になるように設定温度を調節しましょう。

また、1日当たり1.2リットル程度を目安にこまめな水分補給を行うことも大切です。特に、最高気温が35度以上の猛暑日や、夜の最低気温が25度以上の熱帯夜の日は注意しましょう。

環境省と気象庁は、熱中症の危険性が高くなると予測した場合、注意をうながす「熱中症警戒アラート」を発表しています。

2023年4月に法律が見直され、「10年に1度」といったレベルの高温で、深刻な健康被害のおそれがある時、警戒アラートの一段上の「特別警戒アラート」が発表されることになりました。

 

■感染症
温暖化が進むと、「動物由来感染症」が増えることも指摘されています。動物由来感染症とは、人間にも動物にも感染する病気の総称です。「人獣共通感染症」「人畜共通感染症」「ズーノシス」などとも呼ばれます。

新型コロナウイルスは、動物由来感染症の一種です。また、アフリカを中心に流行し多くの死者を出したエボラ出血熱、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)も動物由来感染症。鳥インフルエンザ、後天性免疫不全症候群(AIDS)、牛海綿状脳症(BSE)などもそうです。

世界保健機関(WHO)が把握しているだけでも200種類超。人間の感染症の70%は動物由来だとの試算もあります。WHOの推計では、毎年約10億人が人獣共通感染症にかかっているといい、うち数百万人が死亡しています。

背景には、森林伐採や野生生物の狩猟に加えて、温暖化による生態系の変化があります。国連環境計画(UNEP)は、大規模な感染症の流行が今後も繰り返されると警告するとともに、人と野生動物、生態系の健康に一体的に取り組む「ワンヘルス」の必要性を訴えています。

日本では、マダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)が広がっています。2022年に日本国内で116人が感染し、12人が死亡しました。

SFTS は2011年に中国で初めて特定され、日本では2013年に山口県で確認されました。被害地域は当初、西日本が大半でしたが、東日本へと広がりました。シカやイノシシなどの野生動物に寄生し、これらの移動に伴って、エリアが拡大しているようです。

本来であればイノシシは足が短いため、雪深い場所には立ち入りません。しかし、近年は温暖化で積雪量が減少傾向にあります。シカも暖冬で寒さをしのぎやすくなっているようです。専門家は、気候変動がマダニの移動を助長していると指摘しています。

●マラリアやデング熱
このほか、世界的に温暖化で感染リスクが高まる感染症として、マラリアやデング熱などが知られています。ウイルスを媒介する蚊の生息域が、温暖化によって拡大するためです。

デング熱やジカ熱の原因ウイルスを運ぶヒトスジシマカは、日本でも生息域が北上しているといいます。今後、人の血を吸い始める時期が早まり、活動期間も長期化する可能性があります。

このように、温暖化が進むと様々な哺乳類の生息域が広がり、互いの接触が増え、種の壁を越えた新たなウイルス感染が増えるリスクが指摘されています。

●対策
動物由来感染症の対策としては、動物との接触の後に必ず手洗いを行うこと、排泄物などは速やかに処理し、動物の飼育環境を清潔に保つことが大切です。また、感染が疑われる肉(特に豚肉)は加熱調理を行うことが有効だといいます。

 

■大気汚染
気候変動と健康の関係では、大気汚染も大事なテーマです。

光化学スモッグの原因となる光化学オキシダントは、自動車の排ガスなどに含まれる窒素酸化物が太陽光中の紫外線によって生成さます。温暖化で気温が高くなると、オゾンや粒子状の大気汚染物質による循環器や呼吸器への悪影響が大きくなるとの研究成果もあります。

今後、大気汚染の影響で命を落とす人が増えることが心配されています。特に汚染が深刻な中国やインドなどアジア地域での影響が大きいと見られています。

 

■プラネタリー・ヘルスの向上を
最近、気候変動と健康への対策を同時に進める「コベネフィット(相乗便益)」が注目されています。市民や政府、企業が温暖化などの対策に積極的に取り組むことで、住環境や食生活を改善し、健康にも大きなプラスがあるという観点です。

人類と地球の健康は密接に関係しているため、一体的にとらえる必要があります。様々な個別の問題を解決しながら、地球のシステム全体を健全に保つことが、人間の健康維持に直結します。こうした考え方は「プラネタリー・ヘルス(地球規模の健康)」とも呼ばれています。

地球環境悪化の原因は、ほかならぬ私たち人間です。人間は、自分たちがより快適に暮らせるように、絶えず環境を変化させてきました。周囲の環境に適応することによって生存する他の生物とは違い、自分の望む方向に環境を開発し、変化させ、消費してきたのです。その結果、地球では、水、空気、土壌の汚染、生態系のバランスの崩れ、地球温暖化といった現象が起こるようになりました。人間が変わらなければ、環境問題は一向に改善されません。

気候変動対策として、個人ができる取り組みは多岐にわたります。例えば「グリーンカーテン」(緑のカーテン)の採用です。グリーンカーテンとは、植物でつくる家や建物の日よけです。窓の外や壁面に張ったネットなどに植物を這わせて、カーテンのように覆うというもの。日射の熱エネルギーを約80%カットしてくれると言われています。小さな積み重ねが、プラネタリー・ヘルスの向上につながります。