【地球アレコレ23】 タイ5

 

世界的なヒット映画となった『マトリックス』。
そのなかで、奴隷状態の人類がカプセル内で夢のように見させられる仮想世界があります。その、プログラムとしての仮想世界を創りだした【書き手】は、仮想世界の安定を求めてプログラムを改良させていきます。
一方、【書き手】と同じくプログラムを創り出す側でありながら、仮想世界のバランスを壊すことを目的とした存在もいます。映画の中では【オラクル~預言者】と呼ばれていました。同じく仮想世界のなかの実体を持たない存在でありながら、一方は安定を求めてプログラムを書き換え、一方はプログラムと人類のバランスを壊す。そのコントラストがとてもユニークです。

 

ところで、バランスを崩すプログラムは地球も持っていて、地軸のブレと呼ばれる歳差運動(北極星が約25,800年周期で移ろう理由)や、最近たくさん話題になるポールシフト(地球の磁極反転)など、安定しないための不思議な仕組みが、実は多くあります。

 

人類の歴史もまた、安定と不安定の繰り返しでした。それはもう、十分過ぎるくらい長いあいだ連綿と続いたことですね。そして人類の感覚も、そうした地球の仕組みや人類の歴史と相互影響を受けてきたのか、安定と不安定の狭間にあるように思えます。
しばしば言われるのは、構図の感覚です。四角形のなかのど真ん中に対象があるより、すこし外すことで逆にしっくりくる、左右完全に対称の構図は画面が死んでしまう、など。あるいは、安定した旋律でのみ構成された音楽より、どこかに不協和の旋律があるほうが動きがでる、とも言われます。

 

少しバランスを崩す、そうした感覚は究極的には『生命のゆらぎf』とも呼ばれる“ゆらぎ”から生じているかのようです。バランスが崩れていきそうになっては戻り、しばらく安定しつつ崩れかけていく、そうした繰り返しは細胞分裂とも似たような生命の本質なのかもしれません。

 

と、話しが大きく抽象的になりましたが・・・。タイ王国がまだアユタヤー王朝だったころの、この仏像。定期的に補修がなされ、とてもキレイな状態を保っていますし、表情や頭頂部の塑像も美しいです・・・が、敢えて首尾一貫を壊すがごとく、首から下の漫画チックな省略の仕方。そのバランスの壊れっぷりが逆に楽しく軽い気分にさせます。特に足首の省略は、全体的な体のバランス自体はとれているのに、何か別の目的があるのか?と思うくらい。なのに、遠くから全体像を見ると、不思議と調和しています。背景の寺院の壁があまり管理されていないこととも調和しているように見えます。

 

まあ、文化の様々な首尾一貫性を敢えて崩すのは、世界共通なのかもしれません。私たち人間自体もまた、首尾一貫せずあー言ったりこー言ったり、ですし。

 

そこをダメダメと言うのではなく、そういうものだし、細かいことより全体を観てみよう、人類全体を観てみよう、自分の一部ではなく、自分の全体を観てみよう、そんなふうにも思わせる、ほのぼの癒し系の仏像で、、、なんて言ったら製作者に笑われるでしょうかね。

 

ゆらぎが無限に繋がって、エネルギーは終わりなく続いていくことが安定とバランスを崩すことなら、私たちが成長していきたいと願うこともまた、安定を壊すことでもあります。
冷たい安定より、癒し系の不安定、Change提唱者の一指李承憲氏が「世の中をKilling するか Healing するか」というように、今の人間性を喪失した安定を壊して、より良い安定を創りだして行き続けることも、大きな目で見れば宇宙の仕組みの一つなのかもしれません。

 

 

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