【地球アレコレ25】 トルコ 1

 

地球は球体、ボールそのものですので、特に中心があるわけではありません。回転しているので、その軸となる北極・南極は中心と言えるかもしれませんが、あとはヒトが作った中心です。

 

歴史的背景や経済力によって、例えば服装や金融の中心がいろいろと決められたり、移り変わったりしています。文化や思想、宗教もそのように変わっていきます。日本が着物からスーツに、草食から肉食にと変わってきたことも、文化や思想の中心軸が少しずつ変化してきていることでしょう。

 

ユーラシア大陸もまた、大きく分けて西洋と東洋、と区分けされています。中心が特にあるわけではありませんが、まあ西の方と東の方でいいんじゃない、という感じでしょうか。そして地理的には中間ではないものの、西洋の文化と長く(良く言えば)切磋琢磨をしてきたアラブ諸国は、ヨーロッパの経済的中心の英仏独あたりからすればまあまあ東なので、東の中間ってことにすっか、中東[middle east]でいいっス、という感じに収めているように思えます。ちなみに日本は極東[far east]です。

 

トルコ共和国は、そのいわゆる西洋と中東の架け橋的な位置づけにあって、両方のいいとこ取りをしてきたような背景があります。まあ日本は、文化果てる国、と言われるほどの極東で、そこから先は広大な太平洋なので、常に西から各種多様な文化が入ってきて、それらをいいとこ取りして大和風にして発酵させてきた、と言えるかもしれません。同じようにトルコもまた、ペルシャ(イラン)やムガール帝国(インド)、エジプトやサウジアラビアからの文化や宗教と、そしてヨーロッパ各地から入ってくる思想や科学が出会って発酵してきたような妙味を醸しだしていると言えそうな、とても豊かな文化があります。

 

そうしたユニークさは現代でも息づいていて、中東的な食べ物も西洋的な食べ物もふんだんにあり、イスラムが主たる宗教でありながら飲酒にも寛容で、また女性が頭からかぶるヒジャブと呼ばれる布も、それほど目立ちません。栄華を極めたオスマン・トルコの時代から独自に発達してきた文化と、イスラムの教えと、西ヨーロッパからの資本が交じり合い、さらにトルコ語は日本語と同じアルタイ語族に属していて、文法はほぼ同じです。

トルコの東南部、シリアやイランに近いディヤルバクルという都市で撮影した赤ちゃん。見知らぬ外国人がカメラを持って近づいてくることに緊張しながら、いぶかしげに眺めるその瞳のなかに、世界の各種不条理を抱く忍耐強さを見る。

さて、写真の赤ちゃんは、トルコの東南部、シリアやイランに近いディヤルバクルという都市の外れで撮影したもの。日本に少数民族の問題は少なくとも表立ってはありませんが、トルコにはいくつかの少数民族がいて、そのなかでも最大のクルド人(国を持たない民族としても世界最大:約2,500万人)とは、しょっちゅうこぜり合いをしています。そのクルド人のトルコにおける中心都市がディヤルバクルで、抑圧された都市の常として治安はあまりよろしくはありません。

 

街一体が湿った重い感じで、どことなく疲れたような佇まいではありますが、子供たちの元気な声は世界どこに行ってもありがたいものです。この赤ちゃんは、6~7歳くらいのお姉さんらしき子におんぶされ、その上から寒さよけでしょうか、質素な布をくるりと巻かれていました。見知らぬ外国人がカメラを持って近づいてくることに緊張しながらも、お姉ちゃんは少し微笑んで立ち止まってくれましたが、赤ちゃんはいぶかしげに眺め返すばかり、泣き出したりお姉ちゃんの様子を伺ったり、といったことはないことが、何か東アジアの家庭的なぬるま湯に浸かった東洋からの旅行者にとっては新鮮でした。また、その瞳のなかに、世界の各種不条理を抱く忍耐強さを見る、といったら言い過ぎでしょうか。

 

クルド人たちはずっと自分たちの価値観を保とうとしつつも、常に属している国を中心にせざるを得ないなかで生きている、とするなら、世界の殆どの国の庶民は、経済という善かれ悪しかれ巨大な魔物を中心にせざるを得ないなかで生きていることと本質的に同じかもしれません。経済が悪いことではなく、その中心が物質ばかりであることの限界を今わたしたちは観ているのでしょう。国や人種の中心が、そこで使われている金銭ではなく精神や言語であるべきなように、一個人の中心もまた、目に見える物質的なことからエネルギーに、または心にチェンジする時代であるように感じられます。

 

赤ちゃんとそのお姉ちゃんはその後、外国人見物(?)にやってきた元気印いっぱいの少年軍団たちの賑やかさから離れ、赤ちゃんもあの目を崩すことなく、静かに歩み去っていきました。

 

 

 

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