シャドウの関係 ~その1


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完璧主義は良くない、というようなことを
いろいろな人々が語ったり、書いたり、歌ったりしています。
その根底にあることは、ヒトは完璧ではないから、それでOK,
ということなのでしょう。

たしかに、私たちはみんな、いろいろな感情や衝動を持って
(持たされて?) います。それは体の反応ですから、
体を持っている間は仕方のないことでもあります。

でも体との関係は、私たちのもっとも大事な、人生の基盤と
なるほど大事なお付き合い。それが基本となって、周りの
人々との人間関係が築かれていきます。自分関係が、
そのまま対人関係、と言われたりしますね。

シャドウ、影、自分が認めたくない自分の暗部、
もしそれが抱きしめられたら、どれほど対人関係に影響が
あることでしょう。ヒトの嫌な部分だと感じていたことが、とても
哀れな、慈悲の心が湧くかもしれません。

今回は自分のシャドウの概念の説明で、次回、みずからのエネルギーで
シャドウを抱きしめる方法について、です。

米国Change Your Energy より、興味深い記事をどうぞ!
シャドウの外の人間関係 ~その1

  Bring Your Relationships Out of the Shadows

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暗い雲が頭上を覆っていると感じるとき、その雲も自分に属するものだと考えて、その雲を振り払おうと愛する人の頭上に掃き出したりしますか。
最も大事な関係とより良い付き合いをしていくために、「背後の見えないこと」(シャドウ・ワーク)を認めてみるのはどうでしょうか。影の見えざる働きが、私たちのトータルなハイヤーセルフ(高次の自己)を取り戻すことに役立つのです。

(※ シャドウ・ワーク: 目に見えるはっきりとした対価・報酬などのない仕事、作業のこと。裏方の業務。心の奥底で働く深層心理に働きかけることなども含む。ここでは心気血精の原理で、目に見えない心と気に働きかけることをいう)

誰にでも「暗い側面」があります。しかし、自分の否定的な感情の責任を他人になすりつけると、視野を曇らせてしまい、気付きの光のなかに行き癒やされたいと願う自分自身の一部を認めなくなります。

シャドウ・ワークは、心の弱いところのためにするのではありません。自分自身の暗い側面を見て、その責任を取るためです。その暗い側面とは、自らにある嫉妬や貪欲、欺瞞、非難する心や自己虐待などです。

スイスの精神科医でもあり、分析心理学を創立した精神療法医のC. G.ユングによって、シャドウ・ワークの概念は定義されました。ユングが「意識の焦点」と定義した、エゴで拒絶された自分のあらゆる個性的な部分部分の精神的な複合体が、ユングの「シャドウ」の基盤になっています。言い換えれば、私たち自身の内にある、拒否したり向き合いたくなかったりする特性・態度・感情や衝動です。

生まれたとき、私たちは自然とひとつです。無意識のすべての内容は、莫大に渦巻く生命エネルギーまたは気で、一つに融け合っています。これが、未分化、複合統一という数字の1の意味です。それから、だいたい1~2才の間に、「私はここにいて他はすべて外にいる」という、自分が他と別々の存在であるという認識の兆しを見せ始めます。時間とともに、エゴはもがいたり否定的な体験だったりすることを「私でない」あるいは「知らない」というカテゴリーに入れます。そして、エゴが拒絶するものは、「シャドウ」をもたらします。
C. G.ユングが言うように、「誰でもシャドウを持っていて、それは個々の意識的な人生で表現されることはほとんどなく、より黒く濃密なシャドウとなります。あらゆる動機において、それが無意識下の思わぬ障害になり、善意での行動を阻んでしまいます」 ・・・。

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ふつう、自分自身の一部だということを最も激しく否定するこうした傾向は、通常、このシャドウのコンプレックスの一部を示しています。シャドウは、否定的にも肯定的にも、明るくも暗くもなりえます。ときには両方にも。私たちは、嫌なことも不愉快(否定的)なことも分かってしまう、という自分の資質を否定できますし、あるいは他人の素質に対して羨ましいとか、切望とか、賞賛だとか(肯定的)を覚えることも否定できます。

しかし、日中の上空に月があるように、たとえ自分自身のとある部分を否定したとしても、それらは依然として存在しています。では、ネガティブなエネルギーもポジティブなエネルギーも、どこに行くのでしょうか?

そうしたエネルギーは、他の人や事象の上に映し出されるのです。

他人や他の集団にあまりにも強すぎる反応をするとき、私たちはシャドウを最もよく認識します。特にある他人や集団の振舞いが自分たちに直接影響を及ぼさず、ただ道徳的な憤り、怒り、イライラ、激しい嫌悪で反応しているとき、その相手も否定に向けたエネルギーで同じような振舞いをしています。それは人々を、自分のことを映し出す対象にしてしまっている徴候でもあります。

「蛇の道は蛇」などの子供じみた冷笑は、シャドウ関係の力を適切に記しています。
しかし実際は、人間関係においてエゴを映し出すことはありません。その代わりにシャドウは、自分や人のシャドウそのものにシャドウを映し出します。私たち自身の、埋もれた容認できない部分を否定し、それを別の人に当てはめたがる自分を、楽に見ることができるでしょう。

by Kim Alyce Steffgen

 

元記事はこちら

 

  次回、その2 に続きます

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